小説 昼下がり 第八話 『冬の尋ね人。其の三 』



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 そして大きくため息をついた。
 「それを訊いた勇二は怒りました。あ
んなに怒った夫を見たのは初めてでした。
 新八さんの顔が腫(は)れ上がるまで
殴りました。
 『下男をするために、お前を学校に行
かせたんじゃない!』と。
 それでも新八さんは訊き入れませんで
した。
 恩義を感じていたのでしょう。泣いて
私に嘆願(たんがん)しました。
 私も一緒に泣きました」
 由美は両肩を震わせ、嗚咽(おえつ)
を漏(も)らした。
 陽子もつられて、涙ぐんだ。
 「とうとう夫は折れました。そして、
私にこう云いました。
 『お前にまかせるー』との一言でした。
 それからというものは、新八さんは良
く働いてくれました。
 秋子の面倒を良く見てくれ、本当の兄
妹のようでしたー」
 由美はゆっくり立ち上がり、畳二畳は
あろうか、大きなガラス戸を開け、庭を
眺めた。
 急激に部屋の温度が下がった。ひんや
りとした外気が部屋中を駆け巡った。

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 「啓一さん、粉雪から牡丹雪(ぼたんゆ
き)に変わったわ。陽子も見てごらん。
 明日は積もるわよ」
 三人は並んで、外の景色を眺めた。
 曇っていたガラス窓が、元の透明の状
態になっていた。
 「さて、それからの新八さんと秋子の
こと、秋子の長女のことをお話しますわ。
 啓一さん、長いこと煙草を吸ってない
わね。遠慮なく。
 勇二も吸っていましたからー」
 啓一は、一服吸った。途端に部屋中が
グルグル回る感覚に陥り、天井が眼前
(がんぜん)に迫った。
 気を取り戻すのに、束の間を要した。
 「ところで、私が煙草を吸うことを良
くご存じでー」
 啓一は何もかも、褌(ふんどし)の中
まで知り尽くされていることを不思議に
思った。
 「フフフフ、あなたのカッターシャツ
のポケットから煙草が見えているわ。
 お母様からの手紙にも書かれていたの、
『必ず、灰皿を用意するように』とー」
 陽子は、啓一の不思議そうな表情が面
白かったのか、大きな声で笑った。
 由美もにこやかな表情を浮かべた。

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      (四十)
 「実は、秋子とその長女を日本に連れ
て帰ったのは彼、新八さんよ。
 長女の名は真理子と云います。
 そして長女、真理子と秋子を陰日向
(かげひなた)なく、面倒を見てくれま
した。
 秋子も新八さんを慕っていたわ。
 でも秋子がビルマ帰りの、今の妙子の
父親と世帯を持ったとき、真理子を連れ
て静かに去りました。
 秋子も、新八さんの気持ちを重んじて、
真理子を預けたの。
 余程の信頼がなければあり得ないこと
です。
 でも二十年後、真理子が就職に就くと、
秋子の近くに本屋を構え、静かに見守っ
ているということです。
 新八さんは、小さな頃から本が好きで
したからね」
 由美の表情からは、やるせなさが垣間
見られた。
 「もちろん秋子と真理子は、住む所は
違えども、絶えず連絡を取り合って会っ
ていました。妙子ともね。姉妹ですもの。
 新八さんには苦労をかけて…感謝して
います」

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